セキュリティ系エンジニア。IT技術について書いているふりをしています。
by neo_logic
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
Twitter
Twitter
検索
カテゴリ
その他のジャンル
記事ランキング
【ハプスブルクとヨーロッパ】第6回
【前置き】

このころからヨーロッパ各国はそれぞれに強くなってきて、
しかも「勝てば官軍」的な発想が中心になるので、陣営が頻繁に変わります。

軍事事情だけじゃなくて、できるだけ文化的な話も混ぜたいのですが、
流れをつかもうとするとどうしても戦争が中心になる。耐えてください。

今回は30年戦争の後半2ラウンドを書きますが、その前に一言。

Q.30年戦争って言っても、ずっと戦争してたわけじゃないんだ?
A.そのとおりです。このころは「生産しながら戦争する」ほど
  効率的に産業を回転させるのは難しかったのです。なぜか。
  ガソリンエンジンがないからです。
  いわゆる産業革命がまだ来てないってことですね。
  生産しながら戦争する「総力戦」は、第一次世界大戦以降の概念なんですよ。




【第3ラウンド スウェーデン戦争】

1630年から35年にかけてが3ラウンド目です。

陣営はさっきと変わりませんが、
ヴァレンシュタインは出世しすぎたので怖がられて、クビになります。
これがハプスブルグの政治センスがないところだ。

ヴァレンシュタインがいないと勝ち目ねぇっての。
ハプスブルグに味方してたバイエルンが、今度はスウェーデンと戦って負けます。
ヴァレンシュタインと共に戦ったハプスブルグ側の司令官ティリー伯爵がここで死亡。

またこの戦いは、スウェーデンの新しい戦法の前に
テルシオ戦術をとった神聖ローマが完敗するという戦闘でもあった。

ここがすげぇ詳しいので、読むとよろしい。

「北のライオン」と呼ばれたスウェーデン王グスタフ・アドルフは
破竹の進撃でハプスブルグに迫りました。
f0075557_118508.jpg

【グスタフ2世アドルフ】

すごくどうでもいいが、グスタフ・アドルフは十ヶ国語がわかったらしい。

ともかくハプスブルグ家は焦った。

((((;゜Д゜))) ど、どうしよう
      しょうがない。ヴァレンシュタインを呼ぼう・・・ ((((゜Д゜;)))


帰ってきたヴァレンシュタインはグスタフと決戦。

エ”アッ!!
f0075557_1132870.jpg
f0075557_11323589.jpg









帰ってきたヴァレンシュタインのスペシウム光線で
グスタフ・アドルフは戦死。

ところが、これでヴァレンシュタインはいらない子になってしまいました。
皇帝はヴァレンシュタインを恐れて暗殺

それはねーよ

酷い話だが、第3ラウンドもともかくハプスブルグは勝った。



【第4ラウンド フランス・スウェーデン戦争】

1635年。長い長い戦いが再開します。
フランス宰相リシュリューはいよいよ滅入ってきます。

3回の戦争で、全てハプスブルグが勝った。
けしかけたデンマークもスウェーデンも負けた。
頼みの綱だったグスタフ・アドルフも死んだ。

「もう俺がやらなきゃダメか・・・・」

いや、そもそも最初からお前がやれよ。強いんだから。

ここで、フランスのリシュリューは本格的に戦争を開始します。
といっても、そこは賢いフランスのこと。

f0075557_12155076.jpg


正面から神聖ローマ・ハプスブルグと戦う気にはならん。
神聖ローマ・ハプスブルグを支援している、スペイン・ハプスブルグを叩こう。
こっちのほうが弱そうだし。








そう、この発想がフランスを最後まで守ったのです。
フランスはヨーロッパのど真ん中で、ハプスブルグにしょっちゅうやられました。
リシュリューは知っていたのです。

できれば自分以外に戦争させるべき。
自分が戦争する時は、絶対に負けない相手とやるべき。


汚く聞こえるかもしれませんが、フランスはこの巧みな外交で、
現代まで生き残ってきたのです。生きてこそです。

まあフランスが全面的に軍事衝突しなかったのは、
国内での反乱もあったんですけどね
(フランス内部の話なので、ここでは割愛。ユグノーで検索してください)。


一方、グスタフ・アドルフの亡き後もスウェーデン・ヴァーサ家は
まだまだハプスブルグと戦う気満々です。なにせ軍隊が強いからな。

さらにこのころ、オランダの独立気分がいよいよ高まってきます。
オランダが独立を狙って参戦します。

ここで陣営を要約するとこんな感じになります。

スペイン(ハプスブルグ家)     VS     フランス(ブルボン家)

                            スウェーデン(ヴァーサ家)
神聖ローマ(ハプスブルグ家)    VS     オランダ


もうハプスブルグにヴァレンシュタインはいない。
ハプスブルグは度重なる戦闘でつかれきっていきます。

ハプスブルグは相手に何度も和平を申し込みますが、
えらそうに頼むので誰も話を聞きません。

負けに負けが重なり、プラハにいた神聖ローマ皇帝はウィーンに逃亡。
これが勝敗を決定的なものにしました。



【ようやく終了】

1648年、ウェストファリア条約でついに停戦が決定。
f0075557_1241893.jpg
【ウェストファリア条約締結】


この条約でハプスブルグは莫大な領地を失いました。
ばかりか、神聖ローマはこの戦争で事実上解体します。
もうそれぞれの家で勝手にやろうぜ、となった。

オランダとスイスも、ここで完全に独立します。

三十年にわたる長大な戦争。
ヨーロッパ最後の宗教戦争にして、ヨーロッパ最初の国際戦争は、
こうして幕を閉じたのです。

この戦争で、ドイツとボヘミアで死んだ人々は500万人とも言われます。
下に書いてあるのは、この当時の記録です。

十里歩いても、人一人、家畜一頭、雀一羽すら見えはしない。
家々は死体と腐肉で満ちており、もはや埋葬する者すらいない。
無実のうちに亡くなった人々は、神にただ復讐を願い叫ぶのみ・・・


・・・・・次はもうちょっと明るい話が書きたいよう。
[PR]
by neo_logic | 2008-09-07 12:59 | ハプスブルクとヨーロッパ
<< 【ハプスブルクとヨーロッパ】第7回 【ハプスブルクとヨーロッパ】第5回 >>