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【ハプスブルクとヨーロッパ】第8回
シベリア超特急並みのやっつけと、東京ダイナマイト並みのシュールなギャグで
お送りするシリーズ「ハプスブルグとヨーロッパ」にようこそ。

・・・・・・・・自虐ネタでスタートするのやめよう。やる気がなくなる。



【英明果断なるハプスブルグの母】

さて、今回から二回にわたり、一人の女性を取り上げます。
一人の、非常に重要な女性を取り上げます。

女帝「マリア・テレジア」です。

オーストリア史を語るときにマリア・テレジアを語らないのは、
日本史を語るときに織田信長を語らないようなもんです。

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【若き日のマリア・テレジア】


マリア・テレジアこそ、ハプスブルグ家の中でも
最も波乱万丈な一生を送った、
最もハプスブルグ家の人間らしい人物です。

なにしろ、
素晴らしい妻であり、
素晴らしい母であり、
素晴らしい政治家であり、
ダメな将軍だった

のです。ハプスブルグ家の見本のような人だ(←ほめ言葉)

さて、それではマリア・テレジアの生涯を見てきましょう。



【マリア・テレジア即位?】

前回述べたとおり、トルコ戦、フランス戦でオーストリアが
ガラにもなく連戦連勝。お祭り騒ぎをくりひろげていました。

なんせこの当事、オーストリアは一年の三分の一が祝日だったんです。
浮かれすぎ。仕事しろよ。

ところがそんなさなか。
当事の神聖ローマ(←一応まだある)の皇帝だった、
ハプスブルグ家のカール6世に、
男の子が生まれないという事態が発生しました。

ハプスブルグ家・カール6世
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「じゃあ次の皇帝は、私の娘のマリア・テレジアだ」



ブルボン家・ルイ15世
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「あ”? テメェ今なんつった?」




フランスがこれを見逃すものですか。
神聖ローマ皇帝は男じゃなきゃなれない。
マリア・テレジアは女性じゃないですか。

そんなわけで、いつもどおりフランスが因縁ふっかけてきました。
これがオーストリア継承戦争(1740-1748)です。

さて、今回のチームは・・・・・

オーストリア(ハプスブルグ家)        フランス(ブルボン家)
イギリス(ハノーバー家)        VS  スペイン(ブルボン家)
サルディーニャ                  バイエルン
ザクセン                     プロイセン(ホーエンツォレルン家)


こーんな感じです。

ところで、青字で書きましたけど、プロイセンってありますよね。
これまであまり見なかった名前です。プロイセンってなんでしょう。



【恐るべきプロイセン】

神聖ローマは、だいたい今のドイツ+オーストリアです。
で、三十年戦争後、カタチだけのものになりました。

この時、オーストリア付近はハプスブルグがごっそり支配。
ドイツのあたりは、まだまだごった煮状態でした。

そのドイツで頭角をあらわしたのが、
ホーエンツォレルン家のプロイセン国だったというわけですね。

この国がオーストリア継承戦争ではフランス側につきました。
新参者のプロイセンは・・・・

なんと、オーストリアの最重要拠点シュレジエンへ、
真っ先に強襲をかけた!


びっくりしたのはフランス。
((((;゜Д゜)))「あああああ、アホかあいつは!!」

なんせフランスは、実際に戦って知っています。
オーストリアの国力の高さを。兵隊と武器の多さを。

ホーエンツォレルン家プロイセンなんて、
もともとハプスブルグ家の部下みたいなもの。


それが突如反逆の狼煙をあげるや、
フランスの援軍も待たずに突っ込んでいったのです。

((((;゜Д゜)))「皆殺しにされるぞ、あいつら」

と、思いきや!

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これはいったい何事でしょうか。

ドイツには邪魔くさい森がある。寒い。資源がない。
こんなところで、まともな国力を養うのは大変なはずです。

ヨーロッパじゅうの驚愕を背に、堂々と登場したプロイセン。
この国には、いったいどんな秘策があったのでしょうか。

プロイセン成立の過程で、ホーエンツォレルン家はこんな方針を立てました。

1.制度をがっちり固めよう。
  軍隊と役人のシステムや階級を、これまでないくらい丁寧に作りました。
2.ちゃんとした法律を作ろう。
  ドイツにはいろんな民族がいます。まとめるために、統一した法律を作りました。
3.宗教なんてなんでもいいじゃん。
  宗教で仲間割れしてるヒマはありません。プロテスタントもカソリックもOKです。
4.勤勉! 努力! 根性出せ!
  この精神論も実はかなり有効でした。
  というか、もともとこういう奴らが集まってたのですな。

ここまで聞いて、どこかを連想しませんか。
そう。今のドイツです。

外交でも内政でもサッカーでも
規則に厳しく、自分に厳しく、他人に厳しい。
このドイツの国民性というのは、プロイセン時代から受け継いでいるのです。

鉄の掟、鉄の絆、鉄の意志。

フランスはまだこの時点で気がついていませんでしたが、
プロイセンはこれをそろえ、十分な自信を持ってオーストリアへ攻め入ったのです。

プロイセン国主フリードリヒ大王は、オーストリアの最重要拠点、
石炭と鉄鉱石の産地にして穀倉地帯であるシュレジエンに降り立ちました。

そしてマリア・テレジアへ向かって、冷たい笑みを浮かべます。
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「うら若い女王様へ、ちょっと挨拶に来ただけさ」


この態度に、マリア・テレジアは逆上します。
憎い憎い憎い、逆賊フリードリヒ。
この恨みいかにしてぬぐえよう。


この時、マリア・テレジアの心に、
生涯の宿敵として、フリードリヒの名前が刻まれます。



さて、ここからが本番なのですが、眠くなってきたんで以下次回。
がんばれ、マリア・テレジア。
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by neo_logic | 2008-09-09 23:19 | ハプスブルクとヨーロッパ
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