セキュリティ系エンジニア。IT技術について書いているふりをしています。
by neo_logic
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【ハプスブルクとヨーロッパ】第10回
ところで、どうもハプスブルではなく、ハプスブルのほうが、
多く使われているようです。ドイツ語では"g"で終わると"ク"って発音するらしい。

そんなわけで、今回からハプスブルクと記述します。
もちろん今までのは面倒だから直しません。



【ベルサイユにて】

前回、プロイセンを恐れたオーストリアとフランスが同盟したって話をしました。
このため、ブルボン家とオーストリア家は縁組をします。

マリア・テレジアの末娘がフランスのルイ16世に嫁いだわけですね。
この末娘がマリー・アントワネットです。

「貧乏人は麦を食え」と言った人ですね。
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そうだった。ありがとう仙道。

「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」
と言った人ですね。まあ、本当に言ったかはあやしいらしいですが。

フランス宮廷では、これまで敵だったオーストリアから嫁が来るとのことで、
「オーストリア女」
とか呼ばれて妬まれたりもしたそうです。

アントワネットがベルサイユ宮殿に入ってからのロマンスやゴシップは
無尽蔵にあるのですが、オーストリアとは直接の関係がないので省略。

ここらへんをあつかったフィクションなら、言うまでもなく、
宝塚歌劇団で有名な「ベルサイユのばら」がありますね。
池田理代子大先生のマンガも傑作です。
f0075557_10221228.jpg
・・・なんで塗り絵なんだ。

ちなみに、最近ベルサイユのばらブランドの化粧品が出ました。
まつげが三倍くらいにのびるそうです。

女性のかた、積極的に買って使って私に写真を送ってください。
魔よけかなにかに使いますので。



【動乱の時代へ】

マリア・テレジアの時代に、オーストリアは一気に近代化が進みました。
彼女の息子兄弟も負けずに改革を進めます。

このころになると、「貴族が威張っているだけでは国は成り立たない」
みんなが気がつき始めていました。

そこでオーストリアとプロイセンは、フランスの思想家である
モンテスキューヴォルテールから、いろんなことを勉強していました。

オーストリア:(。-`ω-)ウーン「どうすれば強い国が作れるだろう?」
プロイセン:(´-ω-`;)ゞムムム…「どうすれば国が豊かになるのかな?」


ところが皮肉なことに、肝心のフランスでは、
アンシャン・レジームと言って、古い体制が残っていました。
貴族と神官は、金持ってるくせに税金払わなくていいのです。

フランス: (*´∇`)σゲラゲラ「俺が楽しけりゃどーでもえーわ」

フランスの民衆は、ベルサイユでバカ騒ぎしている王家を憎みます。
そして・・・・
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フランス革命が起きるのです。1789年。

バチですね。いや、バツだな。

ルイ16世もアントワネットも、あわれギロチンで処刑されてしまいます。

余談ですが、日本の大学で最も深く研究された世界史のテーマは、
フランス革命だそうです。
だから日本の教科書には、フランス革命がやたら丁寧に書いてあるのです。




【大天才あらわる】

さて、このフランス革命にびっくりした周辺諸国は、いっせいに手を組みます。
これが対仏大同盟です。

仲の悪いハプスブルグ家・オーストリアとホーエンツォレルン家・プロイセンも、
とりあえずこの一大事には手を組みます。

ところが、このフランス革命軍に、ヨーロッパで最も有名な男があらわれます。

いわずもがな。ナポレオンです。
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ナポレオン・ボナパルト
1769-1821


諸国はいっせいにフランスへ軍隊を向けますが、
イギリスもオーストリアもロシアもプロイセンもスウェーデンも
ポルトガルもオスマン帝国もサルデーニャ王国も教皇領も、
大天才ナポレオンには手も足も出ません。


逆にナポレオンが侵略を開始します。
そしてハプスブルグ家オーストリアも、ついにウィーンを取られてしまうのです。

オスマントルコにも、スウェーデンにも、プロイセンにも
取られなかったウィーンを!!
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神聖ローマ帝国は、このナポレオンによって名実ともに完全解体。
800年の歴史に幕を閉じます。

これ以降、オーストリアは「神聖ローマ帝国」ではなく「オーストリア帝国」と
名前を変えてしまいます。

ナポレオンは1804年に皇帝になります。
下の地図のうち、色がついているのがナポレオンに降伏した国。
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ほとんどヨーロッパ全部じゃねぇか。

ところが、この天才ナポレオンは調子に乗ってロシアを攻めますが、
「寒い」
という理由で負けてしまいます。そう、ロシアは寒い。
フランスの薄い靴や服では、凍傷を防げなかったのです。

ちなみに、ここから数えて150年後。
ヒットラーもほとんど同じ理由でロシアに負けます。

ともかく、オーストリアもプロイセンもイギリスも、
これを聞いて大喜び。

「やっちまえ」
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このドラえもん、異状に怖いんですけど。

てなわけで1813年。
ライプツィヒの諸国民戦争でこんどはあべこべにパリが陥落。
ナポレオンは島流し。ブルボン家が復活しました。



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「今回はここまでだ。次回はメッテルニヒの話だ。
あと、俺がガンダムだ」

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by neo_logic | 2008-09-13 11:25 | ハプスブルクとヨーロッパ
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