セキュリティ系エンジニア。IT技術について書いているふりをしています。
by neo_logic
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Twitter
Twitter
検索
カテゴリ
その他のジャンル
記事ランキング
【ハプスブルクとヨーロッパ】番外編
<今回の記事はレイアウトの性質上、フォントサイズ「中」を推奨します>


【はじめに】

f0075557_19293295.jpg
      どうも、適当に始まってだらだら続いている、
      『ハプスブルクとヨーロッパ』の時間だぜ。
      お相手はあなたの宿敵、霧雨魔理沙



f0075557_19302567.jpg
幻想郷で3、4番目程度に博覧強記を自負する、
アリス・マーガトロイドでお送りします。
・・・・・もうちょっとマシな挨拶思いつかなかったの?


f0075557_1931491.jpg
私は普通だぜ。えーと、今回は番外編ということで、
学校教育の分野からははずれるけど、19世紀の海事技術のお話だ。
船に興味が無くて、東方も知らんって方は、読まなくても損はしないぜ。



f0075557_19302567.jpg
むしろ、どうして始めたのかのほうが知りたいわ・・・
たぶん、これ読んでる人の2割8分6厘も知らないわよ、東方project。
しかもこの画像オタクっぽいし。ヒンシュク買わないかしら。



f0075557_1931491.jpg

     一回だけ、会話形式でやってみたかったんだとさ。
     で、画像が集めやすかったから東方で、だそうだ。




f0075557_19302567.jpg

なんとも安直な理由ね・・・





【帆船から蒸気船へ】

f0075557_19333212.jpg
     さて、早速始めるか。
     本編のほうは普墺戦争(1866年)までいったわけだが、
     これ以前の建造技術はどんな感じだったんだ?




f0075557_19351613.jpgそうね、基本的に、大航海時代、って呼ばれていた
15世紀から17世紀半ば(1400年~1650年くらい)までの
ヨーロッパでは、地中海ではガレー船(手漕ぎ船)、
外洋では帆船(帆掛け船)が主流だったわ。
それ以降、急激な発達は少なかったわね。


f0075557_1935533.jpg
  無敵艦隊戦争のあたりで、そんな話が出てたな。
  産業革命が起こるまでは、漕ぐか帆を使うかしかないからなあ。



f0075557_19351613.jpg
でも、1783年にフランス人のクロード・ダバンが本格的な蒸気船を作った。
そして1807年になると、アメリカの発明家、ロバート・フルトン
ハドソン川での実用化に成功したわ。


f0075557_19333212.jpg

                     スクリューはまだ無いんだよな?



f0075557_19351613.jpg
そうね、外側に水車みたいな車をつけて水をかく、「外輪船」よ。
スクリュー・プロペラの発明は1836年になるわ。


f0075557_19333212.jpg
       あれ、でも、日本に来たペリーの黒船(1853年来航)も
       外輪船だったぜ。横にくっついてるのが外輪だよな。
       年代が合わないぜ?


f0075557_2044513.jpg
【ペリーの黒船(レプリカ)】


f0075557_19351613.jpg推移期間があるのよ。
外輪船とスクリュー船のどっちが速いかを完全に決着付けたのは、
英国海軍が1845年にやったデモンストレーション。
だけど、そのころには、まだまだ現役の外輪船がたくさんあったの。



f0075557_19333212.jpg

じゃあひょっとして、同時期には帆船なんかもまだあったのか?



f0075557_19351613.jpg
あったわ。1850年の船舶総トン数だと、まだ帆船が9割。
蒸気船は1割しかなかったの。



f0075557_1931491.jpg
なるほどねえ。技術が生まれたからって、
すぐに全部入れ替わるわけじゃあないんだな。
じゃあ、19世紀の戦争でも、帆船を使ったことはあったのかな。


f0075557_19302567.jpg
そうね。1840年の阿片戦争では、中国の帆船(ジャンク)が
英国の蒸気船と戦っているわ。もちろん中国のボロ負けで。



f0075557_20455312.jpg
【阿片戦争。帆がついているのが中国のジャンク】


f0075557_1935533.jpg

        見た目だけだと、ジャンクの方が格好いいんだけどな。






【装甲艦とは?】

f0075557_19351613.jpg
さて、次は19世紀の軍事的な造船技術の話ね。
この時代は、装甲艦が増えていったってことが特徴的ね。



f0075557_1935533.jpg   鉄で覆った軍艦だな。
   実用は1859年にフランス海軍が進水させたラ・グロワールが
   最初だって言われているぜ。

   蒸気船の登場と重なり合ってるのは、蒸気機関がないと
   動かせなかったからかな?



f0075557_1948013.jpg
ところが、それは世界中に普及した方の装甲艦の話なの。
歴史的には、その200年以上前にも、
装甲艦を使っていた国があるのよ。



f0075557_19333212.jpg

                            ヨーロッパで?




f0075557_19351613.jpg
それがなんと、日本で。1576年の話ね。
織田信長が九鬼嘉隆に建造をさせた鉄甲船には、
大型の軍艦に、鉄板を張って使われた記録があるわ。




f0075557_2048277.jpg
【信長の鉄甲船】


f0075557_1931491.jpg

                    ひええ、さすが戦国時代だぜ。




f0075557_19351613.jpg
もちろん、それがヨーロッパに伝わったわけじゃないから、
技術的には隔絶してるけどね。





【海戦とオーストリア】

f0075557_19333212.jpg
  じゃあ、19世紀のハプスブルク家はどんな船を持ってたんだ?
  といっても、当時でもオーストリアはほとんど海に面してないし、
  船なんてほとんどなさそうだよな。



f0075557_1948013.jpg

実は、普墺戦争では海戦があったのよ。




f0075557_19333212.jpg
えっ? だって、あれはプロイセンとオーストリアの戦争だぜ?
どっちも大陸の国じゃないか。
陸戦で全部決着がついたんじゃないのか?


f0075557_19351613.jpg
プロイセンにはイタリアが同盟していたの。
だから、イタリア対オーストリアの海戦があったのよ。
アドリア海(現在のイタリアとクロアチアの間)のリッサ沖海戦ね。



f0075557_19512646.jpg
        イタリアとオーストリアか・・・
        どっちも戦争じゃロクに勝てない国どうしだなぁ。




f0075557_19302567.jpg
リッサ沖海戦は、ヨーロッパ最弱をかけての決戦よね。
もっともオーストリアもイタリアも、戦争で弱いのは
基本的に多民族国家だからなのよ。

              
              日本やプロイセンみたいに、統一性が高い国と違って、
              違う言葉でしゃべる人が軍の中にたくさんいたの。

              実際、小隊単位の戦闘だと必ずしも弱いわけじゃないわ。
              単に、国家として戦争する意識が薄いのよ。


f0075557_19333212.jpg

                  ずいぶん弁護するんだな?




f0075557_19302567.jpg

いや・・・単に判官びいきというか・・・






【変わった形の艦首】

f0075557_19351613.jpg
ところで、この船の先端を見てくれるかしら?
リッサ海戦では、オーストリア艦の先は全部
こんな形をしていたのよ。



f0075557_20494528.jpg
【当事の船の先端部】


f0075557_19333212.jpg

          ・・・・なんだかとんがってるなあ?
          私が見たヤマトの先端とはずいぶん違うぜ?


f0075557_19351613.jpg

これ?



f0075557_20504978.jpg


f0075557_1931491.jpg
         違う。
ていうかそれ黒歴史だ。私が言ってるのは、もっと先が丸いヤツだ。




f0075557_20512086.jpg


f0075557_19351613.jpg
これは球状艦首っていう形ね。水面以下が球形になっているのは、
造波抵抗を打ち消すためよ。最も燃費の良い形とされているわ。





f0075557_19302567.jpg
まあ、宇宙戦艦ヤマトは空飛ぶからどうでもいいんだけどね・・・
戦艦大和の話ね。





f0075557_19333212.jpg

この時代には、波の抵抗について、研究が進んでいなかったのか?




f0075557_19351613.jpg
いいえ、この先端部には別の使い道があったのよ。
それが次に紹介する、リッサ沖海戦で示されるわ。





【リッサ海戦開幕】

f0075557_1935533.jpg

よし、じゃあ、ヨーロッパ最弱決定戦の話を聞こうか。





f0075557_19351613.jpg
両軍の戦力比較を先にやるわね。
まずオーストリアよ。




艦隊司令官 ヴィルヘルム・フォン・テゲトフ少将
f0075557_21115485.jpg

装甲艦   7
非装甲艦  19
全砲門数  532
船員数   7871


f0075557_1935533.jpg

          こっちがイタリアだぜ。ちなみに両国ともスクリュー船だ。





艦隊司令官 カルロ・ペルサーノ大将
f0075557_21123147.jpg

装甲艦   12
非装甲艦  33
全砲門数  641
船員数   10886


f0075557_19351613.jpg
イタリアはリッサ島を攻略していた。
そこに救援に来たのがオーストリア艦隊だったってわけね。




f0075557_19333212.jpgでも、オーストリアは装甲艦が少ないぜ?
しかもイタリアは最新式大砲を備えているけど、
オーストリア艦は時代遅れの前装式(弾を前から込める)大砲が
ほとんどみたいだぜ。すぐに負けそうだ。


f0075557_1948013.jpg
ところが、そうはならないのよね。
1866年7月20日。両者決戦よ。




f0075557_20534610.jpg

【イタリア艦に突っ込むオーストリア艦】


f0075557_1931491.jpg

       どわああっ?




f0075557_19351613.jpg

これがオーストリアの取った体当たり戦術よ。



             11時20分、オーストリア装甲艦「フェルディナント・マックス」は
             イタリア装甲艦の「レ・ディタリア」に体当たりしてこれを撃沈。

             さらに木造艦の「カイザー」も
             イタリア装甲艦「レ・ディ・ポルトガロ」に体当たり。
             装甲を削り取ったわ。それが上の絵ね。

             カイザーは装甲艦「アフォンダトーレ」の砲撃を受けて炎上。
             それでも砲撃を続け、イタリア海軍を恐怖させた。


f0075557_19333212.jpg
         最初から体当たりで行くつもりだったのか?
         じゃあまさか、あの船の先端部って・・・




f0075557_1948013.jpgそうよ。あの船首のでっぱり(衝角)は、ぶつけて沈没させるためのもの。
この海戦は、衝角戦術が有効に決まった、歴史上最後の戦いなのよ。

戦意が薄いイタリア艦隊相手なら、
技術と物量で劣っていても、覚悟と根性で勝てる確信があったのね。

             リッサ海戦は結局、オーストリア側の大勝利。

             帰国したテゲトフ少将は英雄扱いされて、
             「鉄の心持つ木の艦隊は、木の心持つ鉄の艦隊より強し」
             と称えられたわ。


f0075557_1931491.jpg

   こんなに度胸があるなら、そのくらいは言われてもいいな。








【終わりに】

f0075557_19351613.jpg

今回は19世紀の海事技術と、それを背景に、
オーストリアとイタリアが戦ったリッサ沖海戦について語りました。




f0075557_1931491.jpg

       さんざん技術の話をしておいて、
       最後にまるで無関係な根性論だったな。



f0075557_19351613.jpg

いえいえ、この海戦は、後世の海事技術に大きな影響を与えるのよ。





f0075557_19333212.jpg

   え? そんな影響力のありそうな話じゃなかったぜ?




f0075557_19302567.jpg実は・・・この海戦で、『装甲艦には衝角戦術が有効だぜ!』っていう間違った教訓が世界中に知れ渡ったの。
そのせいで、20世紀始めまで世界中の軍艦に衝角がついてたのよ。

第一次大戦を戦った英国戦艦ドレッドノートにも
ばっちり用意されていたわ。前進も回旋も遅くなるのに・・・



f0075557_1931491.jpg   なるほど。
   まあ、ヨーロッパ最弱を誇るオーストリアとイタリアの海戦が
   ばらまく教訓なんて、そんなもんだろうな・・・
   海戦はパワーじゃないみたいだぜ。



(おしまい)
[PR]
by neo_logic | 2008-09-16 20:19 | ハプスブルクとヨーロッパ
<< 【ハプスブルクとヨーロッパ】第12回 【ハプスブルクとヨーロッパ】第11回 >>