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by neo_logic
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【ハプスブルクとヨーロッパ】第13回
縁起でもない13回目おめでとう。
前回はアウスグライヒ体制という内政について紹介しましたが、
今回はこの多民族国家オーストリア=ハンガリー二重帝国の
対外政策と、ウィーン大改造を見てみましょう。



【周りを見渡すと】

さて、このころのハプスブルクは四方八方を
いろんな国に囲まれました。そして、ほとんど敵対しています。

北はプロイセンに取られました。
西には強国フランスがいます。
東にも強国ロシアがいます。
南西のイタリアは独立してしまいました。
そして、南東にはバルカン半島があります。

地図を見てみましょう。この時代はこんな感じ。
f0075557_22105241.gif

このバルカン半島をにょろっと見てみましょう。
オーストリア=ハンガリーの南東一帯です。

・セルビア
・ルーマニア
・ブルガリア
・ギリシャ

なんかがいますね。

こいつらはどういうヤツか。もともとオスマントルコに取られていたので、
宗教が、正教、カトリック、イスラームとかいろいろ混ざっているのが特徴です。
民族的には相対的にはスラブ人が多い。ロシアと一緒です。

「じゃあロシアだよな」
というジャイアンみたいな思想で、ロシアがトルコを攻撃します。

こいつらしょっちゅう小競り合いしていて、これで大きいのは5回目です。
1877年の露土戦争では、ロシアが勝ちました。

オーストリアはこれを見てぎょっとする。
弱体化していたトルコならともかく、強いロシアに南はふさがれたくない。

ハプスブルクはイギリスと組み、ドイツに仲裁に入ってもらって、
セルビアが独立するだけで勘弁してもらいます。



【やらなきゃいいのに】

ロシアはとりあえず引っ込みました。
トルコは戦争でぼろぼろです。
ここで、ハプスブルク家は考えました。

「あ、じゃあ俺が取ってもいいんじゃね?」

やめとけよ、弱いんだから。
f0075557_22362644.jpg
うるせー、やるんじゃー


ハプスブルクは、ロシアとその同盟国セルビアが地中海に出られないように、
無謀にも海側の国であるボスニア・ヘルツェゴビナを占領しました。
1878年ですね。

これでオーストリアは、強大なロシア&セルビアのスラヴ人コンビと、
明確に対立することになってしまったのです。

こういうのを
「やっちゃった系」
といいます。

内政で大変なのに、ナニやってんだろうな、こいつら。



【ウィーン大改造】

さて、時代はちょっと戻ります。皇帝、フランツ・ヨーゼフは
「もうトルコも来ないんだし、ウィーンをもっと格好良くしよう」

と言い出しました。ものすごい危機感のなさっぷりだ。

1865年。新しいウィーンはこうなりました。
f0075557_0465441.jpg

なんだか皇居とその周りによく似てます。

この近代都市はリング・シュトラーゼと名づけられました。

トルコの侵略を防ぐ防壁はとっぱらわれ、
作曲家、ヨハン・シュトラウス2世は「取り壊しポルカ」という名曲を作ります。

また、いろんな建物も作られました。
ウィーン市庁舎
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国立オペラ劇場
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バロックから近代へ。ウィーンの建築は常に最先端です。
戦争や政治は得意じゃないが、藝術ならフランスとも互角です。

ですが、こういう素晴らしい建物ができる一方、
下水道にホームレスとかも増加しました。

なんせこのころのウィーンは狭いところに人口40万人。
貧富の差がどんどん拡大していたのです。
そのため、オーストリア=ハンガリーでも共産主義政党が登場します。
社会民主党です。株式が発達する中、反発も激しかったわけですね。

ウィーンで特に目立ったのは、大金持ちになったユダヤ人です。
ドイツ人やボヘミア人、ハンガリー人に、彼らは
羨望と嫉妬のマナザシで見つめられたのです。

もちろん、その中の一人が、ちょび髭のアドルフ叔父さんです。

f0075557_112823.jpg

ちくしょう、ユダヤめ・・・・



このように、一見景気がよさそうですが、オーストリア=ハンガリーは、
もはや全盛期を過ぎ、いろいろな問題が増えていたのです。



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次回は、この時代の有名人についてだ、このヤロウ!!
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by neo_logic | 2008-09-23 01:13 | ハプスブルクとヨーロッパ
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