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社会科学と武道について書いています。しばしば寝言が混じります。
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【わが食卓】仁丹
誰かに、どんなブログも最後は食い物に行き着くとか書いてありましたが、このブログだけはそんな事にはなりません。それはそうと、今日も口にするものの話を書きます。



【口中清涼剤】

最近、ミンティアとフリスクがいまいちな気分でしてね。あんまりいい味と思えませんでね。なので、サクマドロップにしようかと思ったんですが、缶がでかいのとおはじきと間違ってしまうと言う欠点があるんですよね。節子、それちゃう。

そんなわけで仁丹を買いました。
あのパチンコ玉の小さいような奴です。
仁丹




【仁丹とは】

仁丹は日露戦争直後に作られた万能薬でして、16種類の生薬を配合して作られています。以下にそれらを列挙します。

甘草
甘草粗エキス末
阿仙薬
桂皮
和桂皮
茴香
生姜
丁字
縮砂
益智
木香
薄荷脳
桂皮油
丁字油
甘茶
香料


半分くらい読めません。ええと、効用は・・・
単なる清涼剤のはずですが、他にもいろいろと書いてますね。

気分不快
口臭
二日酔い
胸つかえ
乗り物酔い
めまい
暑気あたり

アバウトすぎるだろ。本当に効くのか。

ちなみにあの銀色の正体は銀です。本物の。そのまんま過ぎますわね。
銀は成分を安定させるのにいいんですって。へー。



【仁丹の歴史】

1905年の発売当時、キャッチコピーは
「完全なる懐中薬・最良なる毒消し」
だそうです。大きく出たもんですね。これでコレラとか梅毒の予防になると本気で考えていたようですよ。

表紙の写真は大礼服の軍人だそうです。戦前の偉い人が儀式に出るときに着る奴ですね。

仁丹のパッケージ


特に大正期には、当時猛威を振るっていたコレラの予防を打ち出し全国紙に一頁広告を幾度も掲載して「消化を良くし、胃腸を健やかにすべし」と売り込みバカ売れしたそうです。サギじゃねえのそれ。

売れ始めると大阪や東京の広告塔を作ったり飛行機で空からビラを撒いたり、上野では看板をライトアップするなど、なにやらパチ屋のごとき様相を呈してきます。バブルですなあ。仁丹バブル。

なんでも京都市内の街中に戦前に貼られた広告は町名板を兼ねていて、現在でも戦火を逃れて至るところに残っているとか。今度西に行ったらしらべてみます。その後、戦後も60~70年代にもホウロウの看板が流行ったそうです。最近、この看板を増やそうという計画も出たそうですね。



【仁丹の味】

というわけで買ってきました。グリーン仁丹とか梅仁丹とかそういう比較的ミンティアとかに近いバージョンもあるのですが、そんな軟弱なもんはいりません。オリジナルを薬局から奪ってきました。

袋を開けてみると、かなり強烈な薬草の匂い。そして銀色。これ人間が食っていいのか? いや、食うためのもんなんだからいいに決まっています。森下仁丹株式会社を信じてみます。一回10粒、一日100粒が限界数だそうですので、10粒ほど口につっこんでみましょう。

・・・おおう、こりゃ変な味だ。

実際に口に突っ込めばわかりますが、この清涼剤、ミンティアやフリスクに対しての戦法が全く通じません。もともと薬であって食品でない以上、美味く作るという思想はないようです。

口に放り込んで早々激戦となります。

最初は甘いんですけど、だんだん苦いというか薬草の味と匂いに変わってきますね。なんかすげぇ効きそうです。美味と言うのとは違うけど、なんかおもしろい味がする。

そして一番の驚きですが、これ口にすると食欲がわきますね。そして仁丹を飲み込んだ後に食った食事が異様に美味い。なんかこう予想外の展開です。普通の清涼剤では絶対味わえないエクスタシーがあります。これこそ仁丹です。人類の知恵と歴史と文化の結晶です。すばらしい。

かなり笑える医薬部外品ですので、当分使ってみます。私に会ったらねだってみてください。欲しくなくても無理矢理おしつけます。
# by neo_logic | 2012-02-23 23:33 | わが食卓 | Comments(2)
ヤマオヤジ考:第2回 敵と味方
今回はヤマオヤジの敵と味方として、サケ・フクロウ・ヒトを取り上げて語りたい。


【ヒグマとサケ】

ヒグマと言えばサケであり、サケと言えばヒグマである。

私は道南の生まれだが、サケが産卵する時期に上流の川岸に行くと、まずヒグマの足跡が見られる。またクマに捕食されたサケの骨とかが見つかることもある。

道南のルールは見敵必殺であり、ヒグマは出てくるとすぐに捕殺されてしまう。それでも人の目を盗み、巧みにサケを捕っているのだろう。

ヒグマのサケ取りは冬眠直前になるのだが、この時のヒグマはまことにアホっぽい。

じーっと川を見てサケを待ち、30分サケ捕って2時間寝るを繰り返す。食っちゃ寝ヤロウである。しかも食べ飽きるとサケの骨をおもちゃみたいに振り回して遊んだりする。しかもこの様子は画像が見つからなかったが、どうも幸福感に満ちあふれているらしい。小学生か。

サケいないかなぁ。


サケは卵からふ化し、泳げるまでのわずかな期間に抱かれていたわき水のにおいを記憶して、そのにおいをたどって上流に向かってきたのである。そのサケが下流では人間に捕まり、上流ではヒグマたちにつかまり、一番上に行っても産卵場が見つからないこともあり、まことに大変である。

ようやくわき水の匂いを見つけたサケはしばし瞑想し、そしてメスは砂利をはじき飛ばして卵を産むためひれを石の隙間に差し込む。オスはメスに寄り添い煙のように精子を放出する。産卵・受精は10秒で終わる。ちょいと淡泊なベッドインである。卵は川に育てられて孵化し、また海を目指していく。

近年はダムの影響でサケが減り、ヒグマもまたサケを補食しにくくなっている。人と動物との共存は様々なシーンで難しくなっている。自然を大切にして、サケを増やして食べ、ヒグマを増やして戦おうではないか。いや、その理屈はおかしい。
サケー



【ヒグマとフクロウ】

なんの関係があんねん、と思われるかもしれない。ヒグマとシマフクロウは生息において場所を取り合うわけでなく、捕食しあうわけでもないからである。

しかし、北海道においてヒグマとフクロウの生息範囲は驚くほど近い。そして最大の共通点として、北海道における生態系のトップに君臨するという共通点がある。さらに先ほどの話にも関係するが、シマフクロウもサケを補食する。シマフクロウはサケのすべてを食べないので、その残りをクマがいただくこともある。したがって写真家やハンターは、産卵期のサケ、ヒグマ、シマフクロウのデータを同時に取得しようとすることもある。それらを役所や出版社、研究者に提供するのである。

また、農耕や牧畜を営まず純粋な狩猟・採集生活をしていたアイヌにとって、ヒグマやフクロウは共に同じ食料を食べる仲間であった。ヒグマやフクロウがそばにいると言うことは、アイヌにとっても今日の食事が得られるということでもあった。豊富な天然資源と共存していたアイヌにとって、取り合いという概念はない。

アイヌはヒグマのことを「キムンカムイ」つまり山の神と呼び、シマフクロウを「コタンコロカムイ」つまり村の神と呼ぶ。アイヌにとって両者は最も大事な神である。それは、自分たちと共に生きる貴重な存在だからなのである。
はろぅ。




【ヒグマとヒト】

北海道のヒグマは生態系のトップにいるので、ほぼ敵はいない。
あえて言うなら、彼らの敵は冬の寒さと人間である。

基本的にヒグマは危険なので、人里で見つけたらやはり殺すよりほかない。この考え方は基本的には20世紀に入っても長く変化しなかったため、ヒグマは1930年代には1800頭くらいしかいなかった。その後農作物の増加に伴い増えていったが、それでも戦後の1950年代には3000頭程度しか生息していなかったようである。

しかし、1960年にはヒグマの保護管理をどうするか議論が始まり、主にアメリカの事例が参考にされた。たとえば毒殺を提唱した北海道政府の案は、国家官庁である林野庁の難色を受けて却下されている。

北米でクマの調査・保護に取り組んでいた国際クマ学会(←ここ、笑うところ)は、1970年に北海道のヒグマによる被害の深刻さと凶暴さを議題に取り上げ、駆除すべきか保護すべきかの討論が起こった。そして1983年には「ヒグマは北海道の重鎮的存在であり、行政的に保護すべきである」との結論となった。

1980年には春グマ駆除が認められて再び個体数が減少したが1990年にこれも禁止され、現在では首輪型発信器による電波追跡調査に加えてGPSなど衛星を利用した調査も進み、どのように保護すべきかが検討された。しかし研究者は少ないためこれらのデータは論文になっておらず、未だにヒグマを対象とした詳細な紹介はなされていない。今後に期待したいところである。

共存を願いつつも殺し合いを避けられない。
人がヒグマを友・敵・神と感じる最たる理由は、ここにこそあると言えよう。

なお、ヒグマとヒトとの果てしない戦いについては、また稿を改めて紹介したい。


【次回予告】

次回は、アイヌとヒグマについて取り上げます。


ばいばーい。
# by neo_logic | 2012-02-20 00:33 | Comments(4)
ヤマオヤジ考:第1回
やまおやじについて語りたい。

「やまおやじ」とは北海道の方言でヒグマのことである。語源はいうまでも無く山の親父である。
私たち北海道民は

「夜ながにヤマオヤジ来っとまず食われてまうがら、ジョッピンがっとかねばわがんねよ」
『夜中にヒグマがやってくると何でも食べられちゃうから、鍵をかけないとダメだよ』
と言われたものである。

ヒグマは人と共に生きている。アイヌやユーラシア北部を生きるものにとって、敵であり、神であり、そして友である。

畏怖と敬愛を複雑に織り交ぜた複雑な観念を抱いたまま、ヒグマについて語りたい。しばし付き合っていただければ幸いである。



【生物としてのヒグマ】

ヒグマ。

ヒグマは学名をUrsus Arctosという。
食肉目クマ科の一種であるから、目のレベルではネコと同じである。

北半球のツンドラ、森林地帯から砂漠にいたる広い範囲で分布している。しかし、日本に生息する亜種エゾヒグマは、北海道にしかいない。

体は大きい。成獣はヒトの倍以上の重さの個体が多く、オスのほうが総じてメスよりも大きい。最大個体は斜里町で2002年に捕獲された400kgというものがある。

行動圏は10キロ~50キロであり、広い。縄張りという概念は無い。雑食であり、果実、鹿、アリ、ハチ、サケ、ミズナラの堅果などを食する。6月から9月までは農作物を荒らすこともあり、ヒトとの軋轢の原因となっている。

ちなみになぜかバナナは大嫌いで、あたえても決して食べようとしない。なぜかは知らない。



【ヒグマの一年】

春。3月になるとヒグマは冬篭りから覚め、活動を開始する。オスのほうがメスよりも早く目覚める場合が多い。

4月~7月は発情期である。ジューン・ブライドが最も多い。交尾は乱婚性で、お互いに複数の異性を対象とする。生殖可能なのは4歳からだが、早すぎると子育てに失敗することが多いようだ。

秋には果物を中心として食物を大量摂取して冬眠に備える。かつては、熊は餌を蓄えて冬眠すると考えられていたが、実際は4ヶ月間眠り続け、栄養の補給は一切しない。尿は体内で再吸収され、冬眠時は4ヶ月間ほとんど動かない。

おやすみなさい


なお、冬になっても冬眠しない熊は餌が足りないのだといわれていたが、実際には餌がないとさっさと冬眠してしまうので、これは逆である。

ちなみにマンガ「銀牙」には、脳に異常をきたして冬になっても冬眠しない「赤カブト」なる凶暴なヒグマが登場するが、これはフィクションである。
【「銀河」に登場する凶獣 赤カブト】

受精した卵は11月あたりから着床し、冬眠中の1月ころに出産する。子供を外敵から守りつつ、授乳するのである。

ヒグマの赤ん坊は400グラム程度であり、非常に軽い。そしてとてもかわいい。
とてもかわいい


上の写真は生後数週間だが、産み落とされた直後は立ち上がることもできず首もすわっていない。数時間後にようやく母グマのところへはいずって乳を飲む。母はずっと寝ているが、数回にわたり子グマのお尻をなめる。これによって、子グマは脱糞排尿ができるようになるのである。

春になるとメスは子グマを連れて活動する。オスは交尾だけで子育てをしない。ばかりか自分の子供を食べてしまうアホなオスもいる。なので、メスは常に慎重に行動し、時には命を呈して小グマを守る。ヒトや雄グマだけでなく、ダンプや列車、ロシアでは戦車につっかかっていった例もある。

子グマは非常にさびしがり屋で、孤立すると特定の病気にかからなくても死んでしまう。母グマは一年をかけて子グマをしっかり教育し、食べ物のとり方、食べ方、ヒトとの付き合い方などを伝えていく。一年を過ぎると母グマは全く乳をやらなくなるという厳しさもある。そして母グマが次の発情期に入ると、クマの兄弟は独立し、特にオスは広い行動圏を得るようになるのである。



【次回予告】
次回は「ヒグマの味方・ヒグマの敵」をお送りします。

ちなみにヒグマと戦う話はもう少したってからにします。
まずはヒグマを知り、愛しましょう。話はそれからです。
# by neo_logic | 2012-02-15 21:36 | ヤマオヤジ考 | Comments(2)
【雑記】フライハイト交響楽団定期演奏会の感想
フライハイト交響楽団の定期演奏会に行ってきました。

ルスランとリュドミラ序曲を全部通して聴いたことがなかったので期待していったんのですが、実際のところあのメジャーな冒頭がほとんどすべてでした。展開部分はそんなに面白くないですね、この曲。

むしろ良かったのは二曲目の狂詩曲、『タラス・ブーリバ』で、これがロシアの音楽らしい面白いつくりでした。国民楽派が好きなので結構満足。くしかしとんでもな悲壮ストーリーですね

ロシアといえば凶暴とか冷酷というイメージですが、ロシア映画好きの私としては、ロシアといえば悲劇です。悲劇こそロシアです。何も悲しくないことをむりやり悲しむイメージ。イタリアの対極にありますな。

余談ですが、無人島に女1人、男2人、さてどうしますかという冗談をご存知ですか。
フランス人:一組が結婚してもう一人と浮気する。
スペイン人:女をめぐって決闘する。
イギリス人:紹介する人がいないから会話にならない。(形式重視)
ドイツ人:一組が結婚して、残った一人は戸籍係りになる。(法律重視)
スウェーデン人:男同士が愛し合い、女は自分を愛する(これはスウェーデンのエロ小説を読むとわかりますw)
イタリア人:男は歌を歌い、女はパスタを作る
日本人:手段の限りを尽くして上司に相談する。

などというお決まりのパターンが並ぶのですが、ロシア人が面白くて

好きではない人と結婚して、3人でさびしく海を眺める

というなんかもう死ねばいいのに的なオチがあります。でもロシア映画って本当こんなのよ。最強が「オブローモフの生涯」で、このがっかりっぷりは強烈過ぎます。

ともかく正直言ってつくりは変な曲なんですが、私には良かったです。チャイムとパイプオルガンが格好いい。マイナーなクラシックが好きな方はどうぞという感じでした。

3曲目はチャイコの交響曲なので省略w だってCDいくらでも出てるし

腕に関しては、アマチュアの演奏会としては相当の上位と思いました。オケでこれだけできるアマチュアは見たこと無いです。特にコンマスが私の知り合いなのですが、この方はぶっちぎりにうまかったです。プロ目指してるとかなんとか。まだ20代のようですし、応援してます。

そんなわけで、とても楽しい演奏会でした。私は音楽は高校でやめちゃったんですけど、今でも聞くのは大好きです。クラシック好きな方、時間があれば誘ってくださいね。それではまた。
# by neo_logic | 2012-02-12 22:13 | Comments(0)
鍵と証明書のテスト
https でクライアント認証を行なう方法が脳裏から霞のごとく消えうせてしまったので、ちょっとテストしてみた。OpenSSLでオレオレ認証局を立ち上げCentOS の Apache でクライアント証明書を作成。Firefoxでは接続を確認した。IE7だとダメらしいができたのでもういい。ギークじゃないので私の自宅検証なんかせいぜいこのレベルだ(笑)

ところで、公開鍵証明書の考え方は長らく不得意な分野だったんだが、Wikipediaの説明があまりにもわかりやすかったので貼っておく。セキュリティ製品も扱うことはあるんだから、ここらへんもうちょっと深く勉強しておいてもいいかも。

公開鍵証明書(Wikipedia)
 
# by neo_logic | 2012-02-09 21:53 | 技術情報 | Comments(0)
【書評】谷川渥著 幻想の地誌学(ちくま学芸文庫)
ギリシャ神話・ガリバー・ジュールヴェルヌ・ラブクラフトなどなど空想旅行を扱った作品を片っ端から並べ立てた文学評論。

テーマは一貫して、「文章の中に現れる空間」であり、人間がどういう空間を求めて作品を描いたのか、を類型論的に記述している。コリン・ウィルソンのアウトサイダーもそうだけど、文学評論はこういう大量の書籍を集めて一つのテーマで書いたもののほうが面白い。「こんどここに書いてある作品読んでみよう」みたいな気分になる。また「ああ、これ読んだことがある、へー、こういうふうに考えられるのか」というのもある。

やはり評論を読まないと作品の理解は広がらない。あの時はつまらなかったけれど、今こうやって話を聞くと魅力的な作品に見えてきた、というのは結構ある。

なんというか最近実業系の本ばかり読んでいたので、かなり学生時代に戻った気分になった。だれだったかが「人間が本気で取り組む価値がある学問なんて文学と数学くらいだ」と言っていたが、こういうのを読んでいるとたしかにそうかもしれんなと思う。金勘定だけでは人生つまらんし、それがいやだからと宗教やらにどっぷり染まるのも嫌だ。学問の面白さに触れられる機会を持てて良かったなあと思う。

そういえばこれって雑誌に連載されてたらしいけど、これが連載されるような雑誌ってどんなのなんだ。


■私が読んでいて本書で扱われている作品(映画やダイジェストが多いです。原典を全部読んだのは・・・3割もないw)

白鯨
アラビアのロレンス
洞窟の女王
海底二万マイル
影をなくした男
ガリヴァー旅行記
資本論
世界図会
砂の女
ガリヴァー旅行記
知恵の七柱
ツァラトゥストラかく語りき
ソロモン王の洞窟
蝿の王
80日間世界一周
風土
方丈記
メトロポリス
夢判断
宝島
地下世界
空洞地球
ラブクラフトの短編
ジュール・ヴェルヌのその他作品
# by neo_logic | 2012-01-30 04:40 | メディア評 | Comments(0)
タブレット端末
最近ブログを書いていません。
そんなわけでブログをやめることにしました。

というわけで、アンドロイドのタブレットを買いました。
こいつです。

Eee Pad TF201

しかし買ってみてわかったのですが、Androidのワープロ機能は絶望的ですね。
私文章を書かないと死んでしまうタイプの人間なので、これはきついです。
まるで意中の美女が目の前にいるのに、ガラスに隔てられてるみたいな気分です。

ネットやPDFの閲覧とか音楽とか地図とかすごく出来がいいのですが、
文書をかけないと私には意味がありません。

テキストファイルくらいなら使えるんですけどね。これでがんばるしかないかなぁ。
と、友人のロドス君に相談したところ、こんなものが送られてきました。

えーと。ボクそんなにお金持ちじゃないです。

次回はそろそろ武道関連の記事を再開しようと思います。
ご期待ください。
# by neo_logic | 2012-01-28 00:36 | 雑記 | Comments(0)
新年の挨拶
あけましておめでとうございます。



今回の年末年始の独裁者は、ポル・ポトと金正日でした。
毎年独裁者に挨拶させてるけど、だんだんネタが尽きてきたなぁ。
# by neo_logic | 2012-01-09 00:16 | 雑記 | Comments(0)
年末の挨拶
それでは皆さんよいお年を
# by neo_logic | 2011-12-28 23:01 | 雑記 | Comments(0)
【雑記】しっぺえ太郎伝説に関する覚書
日本むかしばなしの定番でありながら、何が言いたいか全くわからない作品は結構あります。私にとって、それはぶっちぎりで「しっぺえ太郎」でした。

細部はいろいろと異なるのですが、しっぺえ太郎伝説とは、だいたい以下のような話しです。

旅の僧がある陰気な村に入る。実は娘をいけにえにしなければならないという。僧は娘が差し出されるという神社に泊まって様子を見る。

夜になると、神社には奇妙な歌が響いてきた。

 でんずくばんずく、すってんてん。
       このことばかりは、知らせんな。

 丹波の国へ、知らせんな。
       しっぺえ太郎さ、知らせんな。

僧が丹波の国で、しっぺえ太郎を探しまわる。
実はしっぺえ太郎は人ではなく、巨大な犬だった。

僧は約束の日に、娘の代わりに棺桶へしっぺえ太郎を忍ばせて寺に入る。暗闇の中でしっぺえ太郎は怪物と戦い、ついに怪物を退治する。

怪物の正体は巨大なヒヒだった。
しっぺえ太郎は大怪我をしたが、僧が介抱して命を取り留める。

めでたしめでたし。


ちなみにこの話は地方によっては細部がかなり異なっており、しっぺえ太郎が最後に死ぬものもあるし、丹波ではなく信濃だったり近江だったりします。歌も近江バージョンでは以下のようになっています。

  あのことこのこと聞かせんな
  しっぺい太郎に聞かせんな
  近江の国の長浜の
  しっぺい太郎に聞かせんな
  すってんすってんすってんてん


しかしなんだろう、なにかがもやっとするというか、すっきりしない話じゃないですか、これ。
坊主がそれなりにがんばっていて娘も助かってはいるんですが、メインで活躍したのはしっぺえ太郎なんで、なんだか人間ががんばったとか、そういう教訓めいたものがないように思うんですよ。

そんなわけで、この話が何を言いたいのか私にはずっと謎だったのです。が、今日どうも答えをネットで調べてみたところ、これは仏教説話のようです。人々が当たり前のように人身御供を捧げていることから、いけにえを求める神社のヒヒは古い神の行為であるようです。しっぺえ太郎と僧は仏教派であり、彼らがこの因習を打ち払ったと言えるのです。つまり、土着信仰を仏教に改宗させた歴史的事実が古くからあった義犬の伝承を吸収したというのが真相でしょう。 以下のサイトに詳しく書いてありました。

早太郎(はやたろう)

『今昔物語集』の『美作国の神、猟師の謀によりて生贄を止めし語』、いわゆる猿神退治の話とも類似点が見られ、同様の話が『宇治拾遺物語』にもあるとあります。
なるほどそれなら納得がいきます。

というわけで、子供のころからの謎は解けました。


しかし私には、この話は単なる仏教のプロパガンダだとはどうにも思えないのです。友達の指摘を受けて気がついたのですが、この話はイマイチ話が洗練されていないだけに、逆にヒヒが怖い。なんというか、ジャンル的には昔話よりもホラーに近い印象があります。

子供たちにとってのしっぺえ太郎伝説とは、仏教はありがたいもの、犬は正義感にあふれるもの、というよりも、夜中の神社で起こっている不思議なできごとを想像して、空想を膨らませるものなのではないでしょうか。

そのほうが、昔話としては楽しいような気がします。わけがわからないほど、話は面白くなるのかもしれない。すっきりした話と言うのは、逆に印象にも残らない気がします。

夜中に神社の境内を通って帰宅するとき、私はいつもこの伝説を思い返しては、木々の中からあの歌が聞こえてこないかなと思う事があります。

 でんずくばんずく、すってんてん。
       このことばかりは、知らせんな。

 丹波の国へ、知らせんな。
       しっぺえ太郎さ、知らせんな。



# by neo_logic | 2011-12-10 14:12 | 雑記 | Comments(0)
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